オウムと「強い個」へのあこがれ

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幸せの戦後史

第二部 家族の変容と個の漂流

第三章「強い個」への欲望

なぜオウム真理教が存在しえたのか。

総中流化キャンペーンから大衆教育社会につながった。

実際には学歴社会の平等というウソが晒されたにも関わらず、過剰な教育投資によって「学歴エリート」が大量につくられた。

この「学歴エリート」は実際は中身は千差万別であったが、その「ブランド」を手に入れることで、たとえその仕事がホワイトカラーとは遠いものであり、自分の階層を上昇したという事実がなかったとしても、ある程度の満足感を満たすものだった。

そんななか、一部の本当のエリートが危機意識を持ち、それを可視化するための方法として、ひとつはブランドなどを身にまとうこと、そして、もう一方として、自己を高め、覚醒するという方法があり、80年代のオカルトブーム、超能力ブーム、世紀末ブームという後押しもあり、一部のエリートがその答えを求めてオウム入信した。

入信したエリートが口をそろえていっていたのが、「明快な答えをくれる」

 

一方女性は、もので自分を取り繕うものの、いったい自分はなんのために生きているのかという普遍的な答えがだせない一定の人が、流れ流れてたどり着いたオウム。

流れついただけだったとしても、全財産を寄付したということが消費社会に対する強い意志ということで、カリスマ性をもっていたりした。

 

オウムは集合的仏教のような形をとっており、混乱し、複雑化する現実と虚構にマッチしていた。

冷戦が終わり、「このまま永久に経済活動はつづいていく」という前提に世の中が続いており、終わらない日常にうんざりしかけていた。

そこに、終末論を説き、そこを生き抜くための選民思想。選ばれるためにより強い「個の力」を手に入れるという流れ。

そしてその立場になることで、人の生死も決めてよいのだ、というところにつながり「ポア」が実行される。

 

人がこの時代に苦悩と困難を超越し、何物にも制約されることのない金剛の心を求めたことに対し、オウムはそれに対する回答を返した。(完全に途中で道を誤ったが)

麻原は独創的なイノベーターではなく、市場のニーズに敏感なマーケターであり、ディベロッパー。

 

感想

印象的だったのは、「自分の問いに明快に答えてくれる人、もの、ことにすがりついてしまった」ということ。

学校で答えにたどり着くことがよしとされ、そのトレーニングをひたすら積んできた人が、その明確な回答に陶酔してしまった。

答えは与えてもらうもの、という結末のひとつのような気がした。

今は自分はどうかとおもうと、どこかの感覚で、80年代後半から90年代の「ずっと続く日常」という感覚はない。

このままいったら「終わる」のだろうなという意識は当時よりも強いような気がする。

 

ここで第2部が終わり。

ざっくりいうと、

国家の物語(戦後復興)→家族の物語(階層上昇・総中流)→個の物語

まさにマーケティングもそれに呼応している。

 

次は、第三部 アメリカの夢と影

ここはここで楽しみ。

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