未来への希望がなくなったとき

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引き続き、「幸せ」の戦後史

第1部 壊れかけた労働社会

第2章 雇用ポートフォリオの誕生

1995年 日本経営者団体連盟が発表した

「新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策」

これこそが労働社会において「未来への希望」失わせた元凶であるとしている。

このレポートでは、リストラ(再構築)する際の指針として、人材を3つに分けている。

1・長期蓄積能力活用型グループ:コア機能を担う。継続的雇用

2・高度専門能力活力型グループ:課題解決スペシャリスト。有期雇用

3・雇用柔軟型グループ:契約社員、パートタイマー、アルバイター、派遣社員などの多様な雇用形態。

これが雇用ポートフォリオ。

 

 

もともとポートフォリオは資産を管理するもの。

なぜそれを雇用に適応させざるを得なかったか。

2つの理由が挙げられている。

1つはアメリカ寄りのグローバルスタンダードな会計基準がモノサシとして使われたこと

将来性も大事だけれど、まずは目の前のキャッシュフローを重視する流れとなり、それにより、持っている資産(人材)を変動費化することに繋がった。

2つ目は、保険統計主義。

これは、「正義を追及するよりも被害を最小限にすること」ということ。

これらにより、昇格制度も変わった。

旧:卒業方式・・・今やっていることがすべてできるようになれば昇格

新:入学方式・・・能力が満たされなければ、昇格への道は永久に開かれず、降格もある。

ようするに、被害があったとしても、ある程度の範囲内で収められる状態で管理したいという現れ。

結果、「利益の出る体質を生み出したが、一方で日本の企業とそこで働く人々の心を損なった面がある。」とのこと。

そして、今にあくせくするのみで、未来への希望が失われたという流れ。

そして、これが「社会意識」として浸透していった、といことか。

 

確かにそう考えてみると、

「ないよりあったほうがいい」「できないよりできたほうがいい」

という考えの根本が、いかにリスクを減少させるか、という保険統計主義に基づいているような気がしないでもない。

それがそのまま子育てや教育を侵食していっている気がする。

いかにリスクを冒さないように育てられるか。

だったら、受験は少ない方がリスクは減る。だったら中学受験をして、それが付属だったらなおさらリスクは減っていいというようになる。

また、大企業に入れば安泰という考えが、すでに虚体化しているにも拘わらず、現実としての保険統計主義と入り混じって、なんともいえない変な緊張を生み出し、不安をあおっているのかもしれない。

そして、それが今の「社会意識」として存在している。

 

だとすれば対策は、その虚像にいつまでもしがみついていてはいけないわけだ。

企業の基本方針は、今のところこのブログの最初に上げた3つの雇用ポートフォリオを元に運営していると考えてもいいと思う。

大企業に入ったとしても、どのポートフォリオに属するかはだれも分からないし、そこで勤め上げられる保証はもうないのだという現実を受け入れて、自分のキャリアを考えていく。

そして、どうせならば、その保険統計主義を徹底的に自分自身の人生に取り入れて、自分でリスクマネジメントをしていくキャリアデザインが必要となってくるのではないか。

 

そして、学校の先生はここを一番感じにくい職種であると思う。

しかし、数多くの生徒をこういう社会に送り出すわけだから、知らなかったでは済まされないと思う。

今の時代、これからの時代がどういう時代になっていくのか、そこで必要な力は何なのかということを真剣に考えて、教育に携わっていかなければならないと思う。自戒も込めて。

 

 

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