大切な子どもたちへ~今、あなたは幸せですか?~パート2

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大切な子どもたちへ~今、あなたは幸せですか?~ パート1

 

自由ってうれしいはずなのに、なぜかうれしくない自由がある。

これって少しもったいないような気がします。

今までを振り返ると、「自由」を獲得するために、たくさんの人たちが様々な取り組みをしてきたと思うんです。

たぶん昔に比べれば、今私たちが手にしている「自由の総量」は明らかに多いはずなんです。

では、それを私たちは存分に謳歌できているでしょうか?

先ほど考えたみたいに、せっかくの「自由」なのにうれしくない、むしろ苦しく感じてしまうことがあるのではないでしょうか。

苦しいだけならまだよいのですが、その先につながるかもしれないことを考えると、すごくもったいない気がしてしまいます。

 

どんなことにつながるのか?

「自由」が苦しいとき。

それは、「自分が何をしたらいいかわからないとき」そして「どうなるかわからないとき」ではないでしょうか。

そういう「自由」のとき、どうすることが多いでしょうか。

こんな感じでしょうか。

「人の言っていることに従う」あるいは、「ほかのみんながやっていることを真似する」

そして、それって結構

「楽」

人間、楽なことが好きという部分はありますしね。

そして、その「楽」に乗っかってしまって、そのままいってしまう。

そして、それがあたかも自分の考えであったかのようになり、さらに、それに気づかない。

そして、だれかがいったことを何も考えずにやっているだけになる。

そうなると、だれかの意見にただ乗っかっているだけのあなたはいったい誰?となってしまう。

一人一人が唯一無二の存在として、この世に生まれたのに、そんな風になるのは、とても悲しいことだと私は思うんです。

多くの先人たちが獲得してきた「自由」なのに、そんなところにつながるなんて、私はとても悲しくなります。

 

どうしたら、今ある「自由」を存分に堪能できるか?

いろいろ考えてみました。もしかしてこういうことじゃないかな?ということが、「自由」という漢字にヒントがありました。

「自由」

小学生でも書くことができる漢字。

「自由」の「自」は、「自ら」という意味。自分自身ということ。

「自由」の「由」 語源は、「わけ・すじみち」

 

ですから、「自由」というのは、「自分が自分である理由」ということなんじゃないかって。

自分が自分である理由を知ることで、「自由」になれるんじゃないか?って。

 

もし、そうだとすれば、今ある自由を存分に堪能しようと思うならば、こんなことが大事じゃないかって。

一つ。それは「感じる」ということ。

自分が何が楽しくて、何が好きで、何がおもしろくなくて、何が嫌いか。そういったことを感じることが、自分を知ることなんじゃないかって。

そして、「感じる」ためにできることは、自分の感情を大切にして、育んでいくこと

自分の感じたことに、言葉というエネルギーを与えて、育てていくこと。

そうすることで、今までよりもたくさんの「自由」を謳歌できるようになるのではないでしょうか。

 

また、もう一つあると思います。

それは、「自分から離れることができる」ということです。

「これが自分だ!」とそれしか思えないと、それはまた不自由感がでてしまうように思います。

ですから、今思っている自分は本当の自分なのか?と考えられるようにしておくことは大事だと思います。

そのために、時々、自分の思っていること、考えていること、行動していることに、クエスチョンを持つことは大事なのではないかと思います。

ただ、なかなか自分で自分に問いかけるということができない場合は、だれかに手伝ってもらったらいいと思います。

1人でなんとかする必要はないと思います。

 

「感じること」そして、「自分から離れることができること」

これが「自由」になるということかなと思います。

 

そして、今日のタイトルは、「自由に!そして、幸せに!」でした。

もう時間がないので、さっといってしまいますが、ぜひ足りないところは自分で考えてみてください。

 

みなさんは、幸せですか? ほかの誰かは幸せですか?

幸せはだれが決めるのですか?

私は、「自分」だと思っています。

「自分」それは、自分がだれだかわかっているということ。

ということは、これはほとんど先ほど考えた「自由」と同じ。

ということは、「幸せ」に「自由」は不可欠なものなのではないかと思うんです。

いかがでしょうか。

 

ガンジーは言っています。

「幸福とは、考えていることと、言っていることと、やっていることが調和していることだ。」と。

 

でも、私はこれだけでは「幸せ」は片手落ちのような気がしています。

ここに足りないもの、それは「責任」だと思っています。

しかし、ここでいう責任は、みなさんが思っているものとは違うかもしれません。

なぜ「責任」が「幸せ」に不可欠なのか、ということをぜひ考えてみてください。

 

以上で今日のお話を終ります。

 

ありがとうございました。

 

ということで、こんな感じを考えていました。できたところもあっただろうし、そうでないところもあったように思います。

でも、子どもと大人が一緒に対話できたということが、なによりの今回の大事なことだったと思っています。

 

参加していただいた皆様、ありがとうございました!

 

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