絶対的教育はない。

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喜多川泰さんの本と出会ったのは、東京に住んでいたころ。

個別指導で教室長をしていたころ。

デビュー作の「賢者の書」と「君と会えたから」の2作を一気に読んだ。

私のなかでは、こういう自己啓発本は外国ものしか知らないなぁというときだったので、日本人が書いたもので、なおかつ、自分より5歳しか上でないということに単純に驚いた記憶がある。

それから9年・・・・

何回か喜多川さんとはお話をさせていただいていたけれど、今回改めて。

自分が自主学校瀬戸ツクルスクールを始めたきっかけの言葉は喜多川さんからだったから。

 

11時少し前に瀬谷駅に着き、喜多川さんが予約してくれたカフェに。

少しだけ早めに着いたけれど、近くにあったベンチに腰かけていると、まもなく喜多川さんがやってきた。

軽く挨拶をして店内へ。

コーヒーを注文。

 

まずは、最新作についての感想を簡単に話した。

今回の本を読み終えて、「賢者の書」が頭のなかをよぎったこと。

 

それから今回の訪問の目的について話そうと思ったけれど、自分自身も何から話せばいいのかが分からず、とりあえずツクルスクールを始めた経緯などをつらつらと話した。

喜多川さんはじっくり聞いてくれていた。

 

ひとしきり話して、

「ツクルスクールのような学校についてどう思いますか?」と私。

 

喜多川さんは、いわゆるフリースクールを運営している人に会ったことがなく、私が初めてということだったので、率直に今喜多川さんが見えているその景色について感想を述べてくれました。

「一尾さんのところはわからないけれど、もしそういったスクールが、これが正しい!というようなユートピアのような雰囲気ではいけないと思うし、あるいは、学校に対して何も働きかけをせずに、ただの逃げ場になり、そこから学校を批判するような場所であれば、それには疑問を持ってしまう。

これが絶対的という教育法はないということは有る意味絶対だからね。」

 

そう、これも私は常々気を付けている所。

いくら素敵な実践や考え方といったって、それが万人に通用するものはない。

これは学校教育に限らず、様々なやり方や手法でも言えること。

このあたりの謙虚さがないのであれば、本当にただの押しつけになってしまうと思っている。

 

「今の日本の経済状況や世界各国の経済状況を観てみると、ある意味学びについてのベストの形態が今の学校なんじゃないかと思う。」

と喜多川さん。

確かにマジョリティーはそうなんだと思う。

今思い返すと、そのモノサシとは違うモノサシで考えるとどうなんだろうな、と思うところはある。

「幸せ度」というところでみると、また違った学びの形態になるのかもしれないな、と。

 

また、私から

「いくら今の学校に対して不満があったとしても、そこを思い切ってこちら側に舵を切れるということはなかなかできないんですよね。」

と。

それに対して・・・・・・次回・・・

 

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