罰とほうびについての誤解

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今日は月に一度のママーズ(ママたちとアドラー心理学や話し合いの手法「クラス会議」についての学習会)

そのなかで教科書的な位置づけにある

「クラス会議で子どもが変わる」

5年くらいかけて最後まで読み切り(笑)、現在2回目。

2回目でも、相変わらず首を縦に振りまくる内容が盛りだくさん。

特に今日のところは、内容は学校管理者や教師となっていますが、保護者にも言えることだと思います。もちろん自戒も含めて。

1ページ全部抜粋したいくらい。カッコ内赤字抜粋

 

「非常にしばしば、学校管理者や教師は若者たちの全体像を見ていません。

ライフスキルを発達させることに対する切実な要求を見落としているのです。」

 

ライフスキルというのは、自分の気持ちの伝え方だったり、相手の気持ち受け取り方だったり、責任の取り方だったり、判断する力であったり、自分のコントロールの仕方。

ちょっとした子どもの言動にその切実さはあるはずなのに、ほぼ気づかない。

ちょっとした計算ミスには目くじらを立てるのに、そこには目を向けない。親も。

それでどうして自立した人になっていけるだろうかと思う。

 

「彼・彼女らは、生徒たちが対話と問題解決を通して内側からコントロールを学ぶことができるような時間とエネルギーを使う代わりに、(しばしば無駄な努力なのですが)罰とほうびによる外側からのコントロールに頼ろうとします。

教師がしばしば罰/ほうびシステム(外側からのコントロール)を選ぶのは、それが子どもたちに責任を教えることになるからだと信じているからです。」

このあたりは、教師だけに限らず、親も上司もそうだと思います。

無駄な努力ですなんですよね~。ライフスキルの獲得という分野には。

それで最後には、責任感がない、コミュニケーション能力が足りない、って当たり前!

 

「しかし、このシステムは生徒ではなく、教師に責任を負わせます。

生徒を良いと見なしてほうびを与えたり、悪いと見なして罰を与えたりするのは、教師の責任なのです。

教師がいなかったらいったい何が起こるのでしょうか。」

だから結局親も上司も疲れちゃんでしょうね。

もういい加減やめたらいいと思うんですけどね。罰とほうび(ほめ)

 

「外側からのコントロールシステムについて抱かれ続けているもう一つの幻想は、・・・・」ここからは次回。

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