インクルーシブ教育ってどんな教育 その2

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引き続きインクルーシブ教育について。その1

いや、ここは、インクルーシブ発想、ということにする。

これはこの本のシリーズタイトルで、青山先生が大切にしているところだし、私もそのほうがしっくりくる。

 

インクルーシブ発想とは、「つながっていくこと」と「ひろがっていくこと」だと思った。

インクルーシブという言葉だけだと、どうしても「内包する」というような語感や意味がある。

しかし、それだと、内側と外側が存在することになってしまう。

そういう発想をした時点で、インクルーシブではなくなる。

だから「つながっていくこと」「ひろがっていくこと」という発想が大切だと思った。

 

また、その「つながり方」も「太くしっかりと」という感じにはならなくていいと思う。

そこにはお互いがお互いを感じ合えるくらいの距離「すきま」が必要だと思う。

これは個人単位でもそうだし、団体単位でも同様だと思う。

あまりにも強固に、あるいは密接につながってしまうと、お互いが身動き取れなくなってしまうし、連鎖が起きてしまう。

よい連鎖であればいいけれど、それが悪い連鎖だと質が悪い。

また「すきま」があることで、変に分かった風にならずに、逆にお互いのことを思いやるような気がする。

 

中心となるものがあり、そこから細い腕が伸びていて、キャッチする手が伸びていて、その先にほどよい「すきま」があって、お隣の手がある、といった感じ。

それは人間の作りそのものだと思うし、脳のつくりもそうやってできているような気がする。

こんな感じ?(笑)


 

「つながっていくこと」だけではなく、「ひろがっていくこと」という発想を持つことで、当事者だけではどうしようもなかったことを乗り切れるエネルギーが生まれると思う。

 

まだまだ考える余地はたくさんあるが、「つながっていくこと」「ひろがっていくこと」という要素が欠かせないと思った。

 

 

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