訳しています。
行動は個人の認知によって動機づけられる。
行動を促す隠れた考えを見つけ出すために、思春期の子どもたちに、もっと小さい頃の記憶を思い出すように尋ねてみてましょう。
彼らがそれについて話すときに、実際はそうではなかったよ、というような訂正はしないようにしましょう。
その出来事が起こった時に、どのように感じたかを尋ねましょう。
隠された情報が含まれているストーリー性のある記憶を考えることは、なぜ子どもがそのような行動をとるのかということを説明します。
13歳のケヴィンは、彼の弟に対してとても攻撃的だったし、学校では小さい子をいじめていたり、生活態度はとてもひどかったし、常にトラブルを起こしていました。
様々なサポートや親の介入がありましたが、彼は、世界のだれも自分を止めることはできないと感じていましたし、愛されていないと感じていましたし、周りは恐れている、何もかもだれでも彼は嫌っていると感じていました。
彼の先生は、褒美や罰を与えたり、クラスから引き離したり、退学を脅したり、親に電話をしようとしたりして、いうことを聞かせようとしました。
彼の親は、我慢、怒り、脅し、褒美、無視、辱めを使ってなんとかして助けようとしました。
どれもまったくうまくいきませんでした。
大人たちは、ケヴィンはなんらかの先天性の疾患があるか、なにかの体内物質のバランスが悪いんだと確信しました。
おそらく、鬱で、何らかの抗うつ剤を処方される必要があるだろうと考えました。
あるいは、ODDか、双極性障害だと。
だれもがケヴィンの行動を、それぞれの認知に基づいて関わろうとしましたが、だれひとり、ケヴィンがどのように考えていて、どのように感じているかを理解しようとする人はいませんでした。
だれも彼の感情について考えなかったのにはいくつかの理由があります。
・大人は、子どもが大人とは全く違った物事の捉え方をするということをめったに考えません。
・世間がいう、問題は遺伝子や遺伝によるもので、病気のようなものだ。
・ほとんどの人が、どのようにその人の認知が成り立っているかということに対する理解をしていません。
・思春期の、特に男の子は、攻撃的なものだし、難しい時期だと分かっている。
もちろん親や先生の関わり方も影響はしますが、彼らがケヴィンに対してとった行動は、病気に対するものでもなく、体内で分泌される化学物質に対するものでもなく、薬も必要としないものでした。
彼らがしたことは、ケヴィン自身の認知や、彼が彼を取り囲む社会に対して、どのようにやりくりしているかということについての信念をもっと多く知ることでした。
【今日の一冊】
今日のブログの内容ともリンクすると思います。どうしても私たちは、「わかったふり」をしてしまいます。
「わからない」は危機を感じるので、自ら動こうとしたりしますが、「なんとなくわかった」は安心もあるので、考えようとしなったりします。「なんとなく幸せ」と感じさせられているとしたら、それはとても危険なことかもしれません。