「りぼん結びをする手、本当に・・・」みんなの教育サミットinあいち モンテッソーリ教育のパートを聞いて感じたこと

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みんなの教育サミットinあいち 幼児の部

モンテッソーリ教育 名古屋聖心幼稚園の水野英子先生

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モンテッソーリ教育。初めて知ったのは2005年くらい。

海外留学のサポートの仕事をしているとき。

親子留学というニーズがあって、そのプログラム作りをしているときに知ったもの。

そのときはだた特色のある教育法なんだろうな~と思ったくらい。

それから5年後くらい。今の事業を立ち上げるときに改めて本を一冊。

そして、約5年後の今回。ようやく直接実践者からお話を聞くことに。

なんだか不思議な感覚。

 

水野先生のおっしゃっていた目標

一人でできるように援助していく。

自分のことは自分で決める。自分で決めたことでないと責任感はでてこない。

子どもと大人の関係は、直接的な関係を結ぶのではなく、子どもが楽しめるような環境をセッティングするような間接的関係。」

 

そう、あくまで主役は子ども。

これは私も心がけているところ。

本人が「自分で選んで、自分できた!」と思うところに大きな成長があると思っている。

小中学生になると、いろいろな経験を積んできているので、一筋縄ではいかないこともあるけれど、そういう場合でも段階を追って、ここにたどり着くように関わっていることには違いない。

 

 

「やりたいということが、どれほど成長させてくれるか!」

自己決定、そして、自己選択感は、大きく人を成長させてくれる。

これは私も目の当たりにすることが多い。

また、逆にいえば、やりたくないことをいやいややっていれば、時間はかかる。

水野先生のお話のなかでもあったけれど、ひらがなを学ぶとき、やりたいと思ってやる子は、あっという間に覚えるし、いやいややっている子は何カ月もかかってしまうというようなこと。

これは、小中学生にも言えること。

だから、時々あっという間に学校の勉強を終えてしまうような話を聞くけれど、すごく当たり前。なんの不思議もない。

当たり前に持っている力が発揮されただけ。

その当たり前のチカラが発揮できない教育システムにいろいろと問題があるように思えてしまう・・・

 

 

「りぼん結びをする手、本当に美しいな~とさえ思います。」

その言葉を聞いたとき、そのように見える水野先生が素敵だなぁ~と思えました。

目の前の物事をどのように捉えるかは、どのような心を持っているか。

水野先生のステキな心に触れられた気がした瞬間だった。

 

また、今回のサミットのために、わざわざ配布用のしおりを作成していただいた。

まさにモンテッソーリの教育を体現されている水野先生だな~と感動した。

 

モンテッソーリ教育は幼児教育だけではなく、学童期~青年期まで続くものだったはず。

現在は小中高校はない。

幼児教育だけで終わらせてしまうことは本当にもったいない気がする。

そう思わせてくれる内容だった。

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